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水戸地方裁判所麻生支部 昭和46年(ワ)27号 判決 1974年6月18日

原告

原三智博

被告

吉原隆一

主文

一  被告は原告に対し、金一五三万五、五五二円および内金一三八万五、五五二円に対する昭和四三年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金八〇〇万四、二九九円および内金七七〇万四、二九九円に対する昭和四三年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故

(一) 発生日時 昭和四三年六月二日午後五時一〇分頃

(二) 発生場所 茨城県行方郡北浦村大字山田一、〇二九番地先

(三) 加害車および運転者 原動機付自動車(北浦村二〇三一号以下被告車という)

被告

(四) 被告車および運転者 足踏式自転車

原告

(五) 態様 衝突

現場を自転車を押して横断しようとしていた原告に対し、被告は鹿行大橋方面より県道に向け時速六〇キロメートル以上のスピードで走行して来て原告に衝突し原告を転倒せしめたものである。

(六) 受傷

(1) 頭蓋底骨折による右視力障害

動眼神経麻痺による右眼筋麻痺

(2) 後遺症

右眼失明に近い強度の視力障害

2  責任原因

(一) 被告は、被告車を所有し、被告車の運行供用者であるので、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条により原告が蒙つた人的損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告は老人福祉センターの開所式に出席し酒を飲んだ帰路に本件事故をおこしたものであり、本件事故は被告のスピード違反及びわき見運転の過失によるものであるから民法七〇九条により原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 治療費等 金一三万六、二三七円

(1) 入院治療費 金二万一、三五七円

昭和四三年六月二日から同年七月一一日までの四〇日間

水戸市の志村病院に入院――国民健康保険による三割本人負担分

(2) 通院治療費 金一万三、〇四〇円

昭和四三年七月一九日から同四六年四月二三日までの間

前記病院に通院(通院実日数四六日)――国民健康保険による三割本人負担分

(3) 通院交通費 金三万三、八四〇円

原告の肩書住所から水戸市泉町一丁目の志村病院までの通院日数四六日間の左記バス料金

(ア) 昭和四三年七月一九日より同四五年九月までの大人一人金四八〇円(但し往復分)とする四二日分金二万一六〇円および同期間の小人一人金一万八〇円

(イ) 昭和四五年一〇月より同四六年四月までの大人一人金六〇〇円(但し値上げによる往復分)とする四日分金二、四〇〇円および同期間の小人一人金一、二〇〇円

(4) 付添料 金六万円

一日金一、五〇〇円とする入院期間四〇日分

(5) その他栄養費等諸雑費 金八、〇〇〇円

一日金二〇〇円とする右入院期間分

(二) 逸失利益 金五五一万八、〇六二円

(1) 原告の前記後遺障害 第八級(労働基準法施行規則別表第二による)

(2) 労働能力喪失率 一〇〇分の四五(労働基準監督長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号による)

(3) 事故時の原告の年令 六歳(昭和三六年一一月八日生)

(4) 就労可能年数 四三年(六歳の男子の就労可能年数は五七年であるから二〇歳から就労するものとすると六三歳までの四三年間を就労することになる)

(5) 原告の年収 金七五万七、六〇〇円

労働省労働統計調査部編「賃金センサス」昭和四三年第一巻全産業男子労働者平均給与月額は金五万一、二〇〇円であるからこれを基準とする。

即ち、幼児等については普通満二〇歳で就労、稼動するものと考えると就労時である二〇歳時の平均賃金を基準とすべきであるともいえるが、そうすれば当然向後の昇給を考慮しなければならないので、全産業全男子労働者の平均賃金である右金額(一二ケ月分)に年間賞与その他特別給与額(金一四万三、二〇〇円――前記賃金センサス第一巻第一表)を合算したものを基準として向後の昇給は考慮しない。

(6) ホフマン式係数一六・一八五八

五七年(63-6)のホフマン式係数から一四年(20-6)のホフマン式係数を差引く。

以上により逸失利益の現価を求めると、左の算式により金五五一万八、〇六二円となる。

26.5952-10.4094=16.1858

51,200円×12(月)+143,200円=757,600円

757,600円×45/100=340,920円

340,920円×16.1858=5,518,062円

(三) 慰藉料 金二〇〇万円

原告は本件事故により右眼が失明と同様となり、これにより今後一生不自由な不遇な生活を続けなければならず、その精神的苦痛を慰藉すべき額は金二〇〇万円が相当である

(四) 弁護士費用 金三五万円

着手金五万円

謝金三〇万円(但し、一審判決時支払の約)

4  よつて、原告は被告に対し、損害賠償金八〇〇万四、二九九円、および内金七七〇万四、二九九円については不法行為の日である昭和四三年六月二日から支払ずみまで民事法定利率五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  項のうち(一)、(二)、(四)、(六)の(1)は認めるがその余は否認する

2  項は否認。

3  項は不知。

4  項は争う。

三  抗弁

(免責)

本件事故の態様は、原告が道路の右側を通行中、先行する自転車が急に停まつたため慌てて停車しようとしたところ、運転技術が未熟なため、誤まつて自ら左側路上に転倒して頭部を路面に打つたのであり、被告は原告転倒の際、たまたま通りかかつたすぎず、被告は本件事故に何ら関与していない

(過失相殺)

かりに被告に本件事故につき責任があるとしても、本件事故発生については被害者原告の未熟な自転車操縦についての過失および原告の親権者が原告を公道で遊ばせた過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につきこれを斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因事実1項中、(一)、(二)、(四)、(六)の(1)については当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様および原告の受傷の原因

〔証拠略〕を総合すると、被告は、昭和四三年六月二日午後五時一〇分ころ、被告車である原動機付自転車(北浦村二〇三一号)を運転して、茨城県行方郡麻生町から同県鹿島郡鉾田町に通ずる幅員約三・二メートル、アスフアルト簡易舗装の県道上を、同県行方郡北浦村方面から同県鹿島郡鉾田町方面に向かい、時速約二五キロメートルで進行し、同県行方郡北浦村大字山田一、〇二九番地先付近に差しかかつた際、前方約六一・五メートルの地点に原告(当時六歳六ケ月)ら三名の児童達が子供用の足踏式自転車に乗つて、ほぼ一列縦隊で道路の右側(被告の進行方向からいえば左側)を反対方向から進行して来るのを認め、同人らとすれちがおうとし、速度を時速約一〇キロメートルに下げ、ハンドルをわずかに右に切つて進行したところ、自己の左手辺りを、折から急停車して自転車もろとも右側へ倒れかかつた原告の自転車左ハンドル付近に接触させて、同人を路上に強く転倒せしめ、その結果同人に対し、頭蓋底骨折(による右視力障害)、右眼視束管骨折ならびに動眼神経麻痺(による右眼筋麻痺)の傷害(傷害の内容程度については当事者間に争いがない)を負わせたことが認められ、〔証拠略〕中、以上の認定に反する部分は前掲各証拠に照らし容易に措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  責任原因について

〔証拠略〕によれば、被告は被告車の所有者である事実が認められるから、被告は自賠法三条により、原告に対し運行供用者として、本件事故により生じた人的損害を賠償する責任がある。

四  免責の抗弁ならびに過失相殺の主張について

被告は、原告が自転車に乗つて道路の右側を通行中、先行する自転車が急に停まつたため慌てて停車しようとしたところ運転技術が未熟だつたため、誤まつて自ら左側路上に転倒して頭部を路面に打つたために原告主張のような傷害を負つたもので、被告は偶然その場に通りかかつたにすぎない旨主張するので、検討してみると、〔証拠略〕には右主張の趣旨に沿う供述記載があるが、前頭各証拠と比較検討するとたやすく信用するわけにはいかないし、他に前示主張事実を肯認できる証拠は見出しえないかえつて、前に説示したとおり、被告は幅員約三・二メートルの道路を、被告車を運転時速約二五キロメートルで進行中前方約六一・五メートルの地点に、足踏式自転車に乗つた三名の児童達がほぼ一列縦隊を成し道路の右側を対進してくるのを認めたのであるから、これとすれ違う場合は、自らは道路の左側通行を維持しながら減速するとともに、警笛を鳴らして児童達が速やかに道路交通法に従つた左側通行に転ずることをうながし、しかもなお右側通行を維持して接近してくるときは予めさらに減速して徐行を開始し、児童達との間隔を十分にとり、かつその動静を注視しながら進行し、もつて自転車乗りの児童の予測し難い転進、転倒等に対処して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、説示したように、速度を毎時一〇キロメートルに下げ、ハンドルをわずかに右に切つただけで漫然と進行を続けた結果、本件接触事故を起したものである。さようなわけで被告の免責の抗弁はしよせん採用のかぎりでない。

しかしながら他方前示のごとくの原告は本件事故当時、道路の右側を進行し、被告とすれちがう直前に被告の進路上に倒れかかつた事実が認定でき、右が本件事故の一因をなしていることが認められる。

ところで、被害者の過失を過失相殺として斟酌するには、その者が行為の責任を弁識する知能をそなえていることまでは必要ないが、交通の危険を弁識しこれに対処しうる能力を有することが必要であると解すべきところ、原告は前示のごとく本件事故当時六歳六カ月の小学一年生であり、しかも〔証拠略〕によれば学校および家庭で交通の危険につき訓戒されていた事実を認めることができ、結局、本件事故当時原告には交通の危険につき弁識能力があつたと認めることができる。

そうしてみると本件事故発生については原告にも過失があつたものということができ、原被告の過失割合は、原告の四に対し被告の六とみるのが相当である。

五  損害

1  治療費等

(一)  入院治療費

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故による負傷の治療のため昭和四三年六月二日から同年七月一一日までの四〇日間、水戸市の志村胃腸科外科病院に入院し、右期間の入院治療費として国民健康保険による本人負担分金二万一、三五七円を支出したことが認められるから、同額の損害を受けたものということができる。

(二)  通院治療費

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故による負傷の治療のため昭和四三年七月一九日より同四六年四月二三日までの間に四六回、水戸市の志村胃腸科外科病院に通院し、右期間の治療費として国民健康保険による本人負担分金一万三、〇四〇円を支出したことが認められるから、同額の損害を受けたものということができる。

(三)  通院交通費

通院交通費については、その支出額、必要性、相当性等を立証することを要するところ、原告主張のように金三万三、八四〇円の額に達することについては、これを認めるに足りる証拠がない。もつとも前示のとおり、原告は水戸市の志村胃腸科外科病院に通院したことは認められ、相当の交通費を要したことは明らかであるが、その額を確定すべき資料に欠けるので、これは、後に慰藉料を算定する際斟酌することとする。

(四)  付添料

本件事故による原告の負傷の程度および入院時の原告の年齢を考慮すれば、原告は右入院期間中、付添を必要としたものと解されるところ、〔証拠略〕によれば、右入院期間中、当初は原告の父親が、後には母親が、それぞれ付き添つたことが認められる。原告は現実に付添料を支払つたわけではないのであるが、右付添を必要とする傷害を蒙つたことにより、既に損害は発生したものというべく、その損害額は一般の付添婦の日当相当額と同額とみるのが相当である。ところで、原告が入院していた昭和四三年六月ないし七月当時の付添婦の日当は、金一、〇〇〇円程度と認めるのが相当である。したがつて、四〇日間の付添料として原告は金四万円の損害を蒙つたものと認められる。

(五)  その他栄養費等諸雑費

原告の前記入院期間中に要した栄養費等諸雑費の支出およびその額については明確な立証がない。しかしながら右入院期間中、栄養費等諸雑費として、少くとも一日二〇〇円は必要であることについては公知の事実である。したがつて四〇日間の合計金額は金八、〇〇〇円となる。

以上によつて、原告は治療費等として金八万二、三九七円の損害を蒙つたものであるところ、本件事故については原告にも前記のような過失があるのでこれを斟酌するときは原告が被告に対し請求しうる損害は金四万九、四三八円(円未満切捨)となる。

2  逸失利益

〔証拠略〕によれば、原告は通常の視力を有する健康な男子であつたところ、本件事故による原告の右視力障害はその完治の見込みはなく、視力〇・〇五程度の視力障害が将来も続くであろうことが認められ、この後遺症が原告の労働能力を将来にわたり減少させることは容易に推認できる。そして、これは労働基準法施行規則別表第九級の「一眼の視力が〇・〇六以下になつたもの」に該当し、労働能力喪失率表(昭和三二年七月二日労基発五五一号通達「労働者災害補償保険法第二〇条の規定の解釈について」)によれば、その労働能力喪失率は一〇〇分の三五である。もつとも、労働能力喪失率なるものは、国が労働者災害補償保険法二〇条一項の規定に基づき第三者に求償すべき場合の損害額の計算について定められた行政上の画一的な基準であるにとどまり、得べかりし利益の喪失による個別的現実的な損害を算定するについては一応の基準となし得るにしてもそれだけで直ちに右の割合による得べかりし利益を喪失したものとすることはできず、本件の場合、前示後遺障害の部位、程度原告の年齢その他諸般の事情を考慮すれば労働能力喪失の程度は一〇〇分の二〇と認めるのが相当である。

原告は、本件事故当時満六才であつたから、本件事故がなければなお六三年間(満六九歳まで)生存し、一八歳から六三歳までの四五年間一般労働に従事して収入をあげることができたはずである。

そして、昭和四三年当時の賃金構造基本統計調査によれば、全企業男子労働者の一八歳時における平均給与額は一カ年金三六万七、二〇〇円と認められるから、原告は本件事故がなかつたならば、少なくとも一カ年金三六万七、二〇〇円の割合による前示就労期間の合計額と同程度の収入を得るものと推認できる。

そこで、原告が満一八歳に達するまでの一二年間に収入がなく、その後満六三歳に達するまでの四五年間、毎年末に前認定の年金的収入があるものとして、ライプニツツ式(年別複式)計算法により年五分の中間利息を控除して本件事故当時における現価を求めると、以下計算のとおり合計金七二万六、八五七円となり、

367,200円×20/100=73,440円

73,400円×(18.7605-8.8632)=726,857円(円未満切捨)

本件事故については原告にも前記のような過失があるので、これを斟酌するときは原告が被告に対し請求しうる損害は、金四三万六、一一四円(円未満切捨)となる。

3  慰藉料

前認定の原告の負傷の部位、程度、入通院の期間、後遺障害の状況、原告の本件事故発生についての過失および原告が退院後通院したことは認めながら、そのための交通費の詳細が算定し難いこと等諸般の事情を総合考慮すると、原告の精神的苦痛を慰藉すべき額は金九〇万円が相当である。

4  弁護士費用

以上のとおり原告は被告に対し金一三八万五、五五二円の損害賠償請求権を有するところ、原告法定代理人原博尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、被告がこれを任意に支払わないので原告はやむなく弁護士たる本件原告訴訟代理人に対し本訴の提起と追行を委任し、着手金として金五万円を支払い、さらに謝金として相当額を支払うことを約したことが認められるが、本件事案の難易、審理の経過、請求額、認容額その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すると、弁護士費用は金一五万円の限度において本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

六  結論

以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴請求のうち金一五三万五、五五二円および右金員中前示弁護士費用金一五万円を除く金一三八万五、五五二円に対する本件事故発生の日である昭和四三年六月二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部合は理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎政男)

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